賃貸住宅賠償請求について ~当会意見~

【 概要 】
賃貸住宅内での自死の場合に、遺族(相続人、保証人)への損害賠償請求が行われ問題となっています。 請求の多くは、物件の改修と家賃補償に関わるものです。
この請求は、「賃借人には、(不動産の市場価値を毀損する)『自殺』を行わない義務がある。 賃借人の自殺は、 この義務に違反しており、賃貸借契約違反である。」との主張に基づいています。 このような請求を認めることは、自殺に対する偏見を容認、助長するだけでなく、故人の尊厳を侵すもので適切ではありません。
また家族を自死で喪った悲しみの中にある遺族に対して、その精神的なダメージに乗じた請求が行われていることには問題があります。
自殺は、悲しむべきこと、社会として取り組む課題ではあっても、故人が「耐えがたい苦しみ」の中で生き、自死(自殺)に 至らざるを得なかったことをもって、非難され、法的責任を負う理由があるとは思えません。 賃貸住宅内の自死に関し、英、米、独など欧米諸国で賠償請求が認められることはないとのことです。 日本の状況を是正する必要があると考えます。 
 
【 具体例 】
▽ 過大な改修費用請求

  • ベランダでの自死で、部屋に損耗がないにもかかわらず、フローリング、壁紙、キッチンの入れ替え、玄関の改修などを行い、 費用約4百万円を請求した事例
  • 築30年以上を経過した一軒屋での自死で、損耗と関係のない床下の配管工事まで含めた改修費用として約5百万円を請求した事例
  • 浴室での一酸化炭素自殺で、部屋に損耗がないのに改修費5百万円を請求した事例など
  • 物件に物理的な損耗が存在しないにもかかわらず、主観的な嫌悪感などから過大な改修による、請求が行われています。
 
▽ 賃貸住宅の家賃補償請求  
空室となった、もしくは家賃を値下げせざるをえなかったとして、家賃の減収分(将来分を含む)について補償すべきとオーナー側が主張・請求するケースです。
悲しみうちひしがれている中で過大な請求を受け、賃貸人側からの強硬な請求に対して抵抗できずに支払ってしまう例、 遺族自身が世間に対して申し訳ないと感じて支払いに応じてしまう例なども少なくありません。
 
【なぜこの様な請求が増加しているのでしょうか】
「賃借人には、不動産の市場価値を毀損する『自殺』を行わない義務がある。 賃借人の自殺は、この義務に違反しており、 賃貸借契約違反(善管注意義務違反)である。」との主張(請求)は、良識に欠けると多くの方が感じられるのではないでしょうか。
それにも関らず、このような請求が増加しているのは何故でしょうか。次の点も理由ではないかと考えます。
  • 全国的に賃貸住宅の空室率が増加していること。
  • 「主観的な観念」に基づくものであるにせよ、経済的損失が生じた場合に、賃貸人(家主)には、賃借人以外に請求できる先がないこと。
  • 「自殺の行われた物件には『心理的瑕疵』がある。 法律上の「瑕疵」に当るので、告知義務の対象であることは勿論、 損害賠償責任も当然発生する。」といった理解が不動産業界を中心に広まっていること。
  
【 心理的瑕疵について 】
『心理的瑕疵』は、一見法律用語かのように見えますが、「『瑕疵』とは、物理的な瑕疵を意味するものである」(我妻栄、星野英一)とされており、 「主観的な不快感」は、本来の「物件の瑕疵」とは異なります。
不動産売買に関する下級審の過去の裁判例で、自殺が『心理的瑕疵』とされた例がありますが、「瑕疵」と認めていない判決もあり、 認めている場合も本来の『瑕疵』とは区別した上で、限定的な範囲で認めているに過ぎません。 また「嫌悪感に合理性はない」「時の経過とともに瑕疵の程度が薄れるようなものは、本当に瑕疵なのか」との批判や疑問の声があるところです。
 またこれら判決の多くは、不動産を購入した個人から業者への賠償請求に関するものであり、賃貸住宅の問題とは事情が異なります。 
欧米諸国で、自殺を『心理的瑕疵』とする例はないと報告されており、このことを考え合わせれば、少なくとも本来の「瑕疵」と同一に考えるべき事柄 でないことは明らかです。 「自死=心理的瑕疵」であるかの様な誤解は、是正が必要と考えられます。
 
【 賃借人(故人)と遺族に法的責任が生じるのか 】
それでは「主観的な不快感による経済的損失(家賃下落等)」が生じた場合、物理的な毀損はなく本来の「瑕疵」とは異なる事柄に対して、 故人(と遺族)は法的責任を負うのでしょうか? 
この問題に関して最高裁の判断はなく、明確な基準はありません。 残念なことに地方裁判所で、賠償請求を一部認めるケースが出ていますが、 「故人の自殺は、賃貸借契約違反」といった請求を認めることについては、次の様な理由から根本的な疑問があるのではないでしょうか。
  • 物件に毀損(物理的な瑕疵)はなく、これは「主観的な観念」の問題です。この「主観的な観念」は、自殺に対する偏見などに起因するものであり、故人に責任はありません。
  • 違法性のない自殺を、病死や孤独死等と区別する理由はあるのでしょうか。 これらのケースでは賠償責任は認められていません。 「自殺」のみ特別とすることは、自殺を他の死から『差別』することになっています。
  • 自殺を「心理的瑕疵」とすることは、故人の名誉を不当に侵害し、その尊厳を否定するものです。 また この様な請求を認めることは、人の生き方(死のあり方を含む)に対し、他の人の主観的な感情に基づき賠償請求を認めることに他なりません。 健全な良識に照らし、おかしいのではないでしょうか。
  • 「多くの自殺は、個人の自由な意思や選択の結果ではない」ことが明らかになっており、 「自殺対策は、自殺がその背景に様々な社会的な要因があることを踏まえ、社会的取組として実施されなければならない」との認識が、 自殺対策基本法でも示されています。 旧来の捉え方に基づく対応が適切とは思えません。 
  
【 不動産業界に期待する事項 】
主観的で合理性のない理由が原因とはいえ、賃料引き下げなどの損失が生じた場合、賃貸人(家主)には補償を求める先がない ことも確かです。 しかしながら、故人(と遺族)への賠償請求によってこの問題を助長することは、問題の解決に繋がらないと考えます。
不適切な請求行為の是正や「事故物件処理」業者の規制など、不動産業界における健全な対応を期待いたします。

【 おわりに 】
「人は死の前に平等である」といわれます。 病死、孤独死、事故等による一般の死と同様に「自殺」も扱われるべきです。 このことは自殺を助長したり、美化したりすることとは違います。
自殺は、社会として取り組む課題ではあっても、故人が、「耐えがたい苦しみ」の中で生き、自死(自殺)に至らざるを得なかったことをもって、責任を負う理由はありません。 またこれを防げなかったという理由で、家族が法的責任を負うべき事柄でもありません。 
このことは単に、「過大な請求で、金額が妥当でない。」「精神疾患のため責任能力がない。」といった主張に留まるものではありません。 
「自殺は心理的瑕疵であり、故人は、これを回避する法的責任を負っていた。」との主張は、人の人生(死のあり方を含め)を不当に非難し、その尊厳を侵すものです。 その不当性を一貫して訴え、日本の状況の是正を促していく必要があると考えます。 

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